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佐野愛『意識と意味と位相空間』(ブイツーソリューション 2014年4月10日)という書籍があります。そこでは、位相空間論の知見を援用して、「人間がどのように言語を営んでいるか」や、「真の普遍言語とは何か」、ひいては「人間の意識とは何か」などといった重要なテーマについて、わずか70頁足らずのうちに、示唆に富んだ概説が与えられています。この一連のブログ投稿では、当書を参照しながらも、言語というものについて独自の考察を進めていこうと思っています。そのような理由で、題名は「『…』について」でも「『…』に寄せて」でもなく「『…』より」としました。以降、特に断りなく当書と言った場合、それは『意識と意味と位相空間』を指しています。なお、投稿では位相空間論を扱う部分もあると思いますが、投稿者はあまり位相空間論に明るくありません。至らない点はぜひ指摘していただければと思います。

当書のTOCは以下のとおりです。

  1. 序章
  2. 第1章 基礎知識
  3. 第2章 近傍と意味の正体
  4. 第3章 無限マジック
  5. 第4章 意味の結合と自我の正体
  6. 第5章 言語空間の位相化
  7. 第6章 仮説
  8. 第7章 番外編(トポロジカル思考)

一連の投稿では、各章の流れに沿うというよりは、それぞれの論理段落に焦点を絞り、投稿者の述べたいことをとりとめもなく述べていくという形になります。したがって、以降の見出しは章題ではなく、投稿者による論点を意味します。文章内でも適宜引用や注釈を行いますが、ページ番号を併記しますので、当書が手元にある方は実際に参照してみると文脈が掴みやすいかと思います。

ちなみに、一連の投稿では、投稿者がクレリカの作者であるということを前提とした論述を行います。クレリカを知らない方のために簡単な説明を交えながら述べていきますが、思形詞と感性詞同調と共鳴の2つの項目を読んでおけば、より理解が深まるでしょう。

ゲシュタルト

当書第一章「基礎知識」は、ゲシュタルトの話で始まっています(13頁)。まず以下のような図が提示されます。

○ × ○ ×
○ × ○ ×
○ × ○ ×
○ × ○ ×
そして、あなたがこの図を見たときにあなたの意識に起こる作用について、

各要素図形は空間的には等間隔で孤立していますが、○と○との間、×と×との間には、同一性の原理に従ってそれぞれ同化・牽引力が作用し、同時に○と×との間には異化・反発力が作用して、どちらの場合も相互に神経興奮を強め合うものと考えられます。
と言います。ここで「同一性の原理」というのが何なのかは述べられていませんが、作用そのものは直感的にわかることです。続けて、

この同化と異化の作用によって、○列と×列の部分集合が2個ずつできますが、これらは互いに中間に位置する相手の部分列を飛び越えて同化・牽引して一体となり、二種の部分図形として同時に知覚される結果、全体として縦縞の模様として知覚されるのです。これは近くの場における各部分間の局所的な生力学的過程によって生じた大局性、すなわちゲシュタルトです。このことから次の命題が得られます。

『図形知覚において、空間位置を異にする同一または同質の図形部分(要素)は、それらの全体集合の部分として知覚されます。』

と述べられています(下線は引用時付与)。まさにクレリカの文法です。クレリカでは、感性詞を同調させることによって、単独では分断されるいくつかの思形詞を、意味的に結びつけます。そして引用の下線部に注目して下さい。クレリカにおいても、同調句(同じ感性詞を持つ思形詞のまとまり)はバラバラに発話されることがあります——つまり、同調句の間に異なる感性詞を持つ思形詞が挟まることがあります。このことから、クレリカの文法は人間の認知と親和性が高いということが言えるでしょう。ゲシュタルトの作用をそのまま言語の文法として写し取ったようなものです。

ゲシュタルトという考え方の要点は、全体論です。それは「全体は部分の単純な総和ではない」ということです。このことを当書では、無限次元の位相空間における集合族の生成(この言い方で良いのかわかりませんが)に当てはめています。当書に載っている例で言えば、集合S0を{A,B,C}として、Sn上のすべての部分集合から全体集合と空集合を抜いたものをSn+1の要素とします。するとS1は{A,B,C,{A,B},{B,C},{A,C}}となります。S0の要素数が3以上であれば、Snの要素数は無限大に発散していきます(このことは今後の投稿で再度扱います)。このようなとき、例えば{A,B}はAとBの組み合わせではなく、あくまで{A,B}という一つの塊(ゲシュタルト)として扱われていることがわかります。つまり{A,B}という塊は、それまでにはなかったDという全く別の要素として働くことになる、ということです。同じようなことが、人間の言語にも起こっている、と言うのです(23頁)。

ところで先程の{AB}をDに置き換えることを訝る人もいるでしょうが、言語ではよくあることです。例えば{頭がよくて行動がすばやいこと→俊敏}など辞書の中でたくさん見つけることができます。その他にも小説のすべての内容と題名との関係も{AB}=Dの関係です。こうして万単位、十万単位の単語が存在してくるわけですが、位相空間になっている言語空間では、{AB}は{A}と{B}の単なる羅列の組み合わせではなく、それ以上のもの、すなわちDとなりえるのです
つまり「言語空間とは無限次元の位相空間である」というのが、当書の大きな主張の一つです。

クレリカにおいても、やや事情は異なりますが、同じような作用が起こるとされています。さきほど述べたように、ある感性詞のもとに発話された思形詞は、意味的に繋がりを深めますが、あとからその話を引き合いに出す場合、その感性詞だけを繰り返します。以下の簡単な例を見て下さい。

A:

ihroi itroi sypnoi itroi hentratoi

B:

ehra ehra sypnoi cisqna a   e  oi   rumi hri

これは日本語での談話に直すと

A:

ここらへん……ぱんつがよく盗られるらしいよ💦

B:

私たちは履いてないから大丈夫だね✨ で、でもちょっと怖いよね💦 何されちゃうんだろ……

Aは、ihr(傍)、itr(取る)、sypn(ぱんつ)、hentrat(路頭)という思形詞を、恐怖を表す感性詞-oiのもとに同調させています。Bは、ehr(私)、cisqn(大丈夫)を、自信を表す-aに同調させています。このときehrとsypnの同調を切ることで、「私たち」と「ぱんつ」とが離れていること示し、-aを繰り返して「大丈夫」であることを強調しています。しかし平常心を表す-eで、「冷静に考えてみると」というニュアンスを挟んだあと、-oiを使ってAの発話した内容を話者たちに再び想起させています。そして最後にrum(何)、hr(〜かな)という思形詞を、思案の感性詞としての-iに同調させています。

下線を引いたところに注目して下さい。感性詞のこのような仕組みは、特に人間の認知についての深い考察に基づいて発想されたというわけではなく、クレリカの作者としては、あまり重要とは捉えていませんでした。しかし、少し前にTwitterでこのようなツイートを見かけました。

どうやら人間は感情を用いてタグ付けすることで過去に経験した事例の参照をしたりそこから判断しているっぽい

— के (@k31t0) 2017年6月13日

言語によって感情を表現すると,記憶の中から過去の似た状況が呼び覚まされる―ここに感情表現の本質があるのではないだろうか。

— eye-sta (@goleista) 2017年6月18日

このように感じている人が居るということに、盲点を突かれたような衝撃を感じました。このツイートを見つける以前に当書を読んでいたので、頭の中でバラバラだったものが繋がったような心地がしました。

精神分析でいうコンプレックスも、ゲシュタルト的心理作用を元にしていると考えられるでしょう。コトバンクによれば、日本語では観念複合体とか感情の込められた複合体とか言うこともあるようです。

コンプレクスという概念を精神病理学の用語としてはじめて用いたのは,S.フロイトの精神分析療法の端緒を開いたブロイアーJ.Breuerである(1895)。彼は〈観念複合体Ideenkomplex〉と称している。しかしながら,コンプレクスという言葉をもっとも強調したのは,ユングである。彼は言語連想テストにおいて,刺激語に対する被検者の反応時間の遅延,連想不能,不自然な連想内容が,彼のいう〈感情の込められた複合体gefühlsbetonter Komplex〉に由来することを明らかにした。
もはや同調句のことを言っているようにしか聞こえません。このように考えると、感情観念複合体もまた位相空間のゲシュタルト的作用よってその性質が担保されていることになります。どうやら位相空間論は、言語だけでなく認知にまで適用できそうなのです。

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